青木高見のジャズコレクション Leo Parker (bs) レオ・パーカー


略歴
レオ・パーカー(Leo Parker 1925年4月18日~1962年2月11日)アメリカ合衆国ワシントンD.C.出身のジャズ・バリトン・サックス奏者。

【INDEX (リーダーアルバム)】


【INDEX (共演アルバム)】


【以下コンテンツ】


Leo Parker / Let Me Tell You 'Bout It Leo Parker / Let Me Tell You 'Bout It

Recorded : September 9, 1961

Personnel :
Leo Parker (bs)
Yusef Salim (p)
Dave Burns (tp)
Bill Swindell (ts)
Stan Conover (b)
Purnell Rice (ds)

Song name :
01. Glad Lad
02. Blue Leo
03. Let Me Tell You 'Bout It
04. VI
05. Parker's Pals
06. Low Brown
07. TCTB
08. The Lion's Roar (Bonus track on CD reissue)
09. Low Brown (Bonus track on CD reissue)

※ コメントの無断引用・無断転載を禁じます。
メインコメント : レオ・パーカー(Leo Parker 1925年4月18日~1962年2月11日)アメリカ合衆国ワシントンD.C.出身のジャズ・バリトン・サックス奏者。
アルバムはレオ・パーカー、1961年9月9日録音、ブルーノート4087番。
共演者は、ピアノがユセフ・サリム、トランペットがデイヴ・バーンズ、テナーサックスがビル・スウィンデル、ベースがスタン・コノヴァー、ドラムがパーネル・ライス。
CD化に伴い、8曲目の「The Lion's Roar」、9曲目の「Low Brown」が追加された。
ジャズマンの中の不遇だったレオ・パーカー。
これだけバップを、それも見事なブロー・バリトンが吹けながら、今一つ知名度が低い。
理由は、結核のため主要な活動期間を逸した。
それとバリトン・サックスという、テナーやアルトサックスの全盛時代のブルーノート・サウンドから置いてきぼりをくった。
録音は1960年になってからで、ようやくブルーノートから僅か二枚をリリース、それだけに貴重。
演奏は、さすがはブルーノート・レベル、標準以上の出来、どこにも問題はない、気持ちのいいブロー全開。
「判官贔屓(ほうがんびいき)(はんがんびいき)」 という言葉がある。
源義経に対して抱く、客観的な視点を欠いた同情や哀惜の心情のこと。
さらには 「弱い立場に置かれている者に対しては、敢えて冷静に理非曲直を正そうとしないで、同情を寄せてしまう」 心理現象。
さしずめ、レオ・パーカーは 「判官贔屓」 したいミュージシャンの一人かもしれない。
(青木高見)





Leo Parker / Rollin' With Leo Leo Parker / Rollin' With Leo

Recorded :
October 12, 1961
October 20, 1961

Personnel :
Leo Parker (bs)
John Adriano Acea (Johnny Acea) (p)
Dave Burns (tp)
Bill Swindell (ts)
Stan Conover (b)  #03, #04,
Al Lucas (b) #01, #02, #05-#08,
Purnell Rice (ds)  #03, #04,
Wilbert Hogan (ds) #01, #02, #05-#08,

Song name :
01. The Lion's Roar
02. Bad Girl
03. Rollin' with Leo
04. Music Hall Beat
05. Jumpin' Leo
06. Talkin' the Blues
07. Stuffy
08. Mad Lad Returns

※ コメントの無断引用・無断転載を禁じます。
メインコメント : レオ・パーカー(Leo Parker 1925年4月18日~1962年2月11日)アメリカ合衆国ワシントンD.C.出身のジャズ・バリトン・サックス奏者。
アルバムはレオ・パーカー、1961年10月12日と20日の録音、ブルーノート4095番。
共演者は、ピアノがジョニー・エイシア、トランペットがデイヴ・バーンズ、テナーサックスがビル・スウィンデル、ベースがスタン・コノヴァーとアル・ルーカス、ドラムがパーネル・ライスとウィルバート・ホーガン。
このアルバムを録音したのがレオ・パーカー、36歳。
この翌年に亡くなってしまったため、ジャケット・デザインも決まっていたのに発売中止になってしまった。
リリースされたのは、18年後の1980年、それも当初のジャケットで出されたのは1986年になってからの事。
演奏は病気の事など感じさせない、明るいハード・バップで、まったく非の打ちどこがない。
唯一ブルーノートに残されたのが、前作の 「「Leo Parker / Let Me Tell You 'Bout It 録音:1961年9月9日」 と、このアルバム。
何とも不幸としかいいようがないが、考えようによっては、名門ブルーノートに作品を残せただけでも幸せかもしれない。
(青木高見)

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コメント : アルバムはレオ・パーカー、1961年10月12日と20日の録音、ブルーノート4095番。
このアルバムを録音したのがレオ・パーカー、36歳。
この翌年に亡くなってしまったため、ジャケット・デザインも決まっていたのに発売中止になってしまった。
リリースされたのは、18年後の1980年、それも当初のジャケットで出されたのは1986年になってからの事。
演奏は病気の事など感じさせない、明るいハード・バップで、まったく非の打ちどこがない。
唯一ブルーノートに残されたのが、前作の 「「Leo Parker / Let Me Tell You 'Bout It 録音:1961年9月9日」 と、このアルバム。
何とも不幸としかいいようがないが、考えようによっては、名門ブルーノートに作品を残せただけでも幸せかもしれない。
(青木高見)




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