青木高見のジャズコレクション Native Son (band) ネイティブ・サン


略歴
ネイティブ・サン(NATIVE SON)は1978年3月結成された日本のフュージョンバンド。
メンバーは、キーボードが本田竹曠、ソプラノ・アルト・テナーサックがス峰厚介、ギターが大出元信、ベースが川端民生、ドラムが村上寛。

【INDEX (リーダーアルバム)】


【以下コンテンツ】


>Native Son / Native Son Native Son / Native Son

Recorded :
11/29/1978
12/05-06/1978
12/08-09/1978

Personnel :
Takehiro Honda (本田竹曠) (key)
Kohsuke Mine (峰厚介) (ts, as)
Motonobu Ohde (大出元信)  (e-g)
Tamio Kawabata (川端民生) (e-b)
Hiroshi Murakami (村上寛) (ds)
Damiao Gomes De Souza (cuica) #5

Song name :
01. Bump Crusing
02. Heat Zone
03. Breezin' and Dreamin'
04. Wind Surfing
05. Whispering Eyes
06. Twilight Mist
07. Super Safari
08. Whispering Eyes (reprise)

※ コメントの無断引用・無断転載を禁じます。
メインコメント : ネイティブ・サン(NATIVE SON)は1978年3月結成された日本のフュージョンバンド。
アルバムはネイティブ・サン、1978年録音、ファースト。
メンバーはキーボード本田竹曠、アルト・テナーサックス峰厚介、ギター大出元信、ベース川端民生、ドラム村上寛、クイーカDamiao Gomes De Souza。
時は70年代後半、日本は空前のバブルに乗って音楽も大きく変貌した時代。
その真っ只中にデビューした。
東京高円寺のライブハウス「JIROKICHI」でセッションを繰り返していたメンバーがバンドを結成し誕生する。
アルバムは30万枚の売上を達成。
あらためて聴いてみると、当時フュージョンにカテゴライズされていた音は、今は普通になってしまったので当時の強烈の印象はない。
しかし、強力な訴えかけと、それを音で表現した芸術性は永遠に残る結果となる。
理由としては、演奏家一人一人が真のジャズマンであったこと。
一時の流行としてフュージョン・サウンドをやっていたとしたら価値は半減していた。
いずれにしても、ネイティブ・サンは、日本の音楽史に残る素晴らしい作品を残し、永遠に輝き続ける。
(青木高見)





Native Son / Savanna Hot-Line Native Son / Savanna Hot-Line

Recorded :
08/1979
09/1979

Personnel :
Takehiro Honda (本田竹曠) (key, per)
Kohsuke Mine (峰厚介) (ts, ss)
Motonobu Ohde (大出元信)  (e-g)
Tamio Kawabata (川端民生) (e-b)
Hiroshi Murakami (村上寛) (ds)

Song name :
01. Animal Market
02. Sexy Lady
03. Savanna HotLine
04. In Search Of Beauty
05. African Fantasy
06. Farewell My Love

※ コメントの無断引用・無断転載を禁じます。
メインコメント : ネイティブ・サン(NATIVE SON)は1978年3月結成された日本のフュージョンバンド。
アルバムは1979年の録音でネイティブ・サンのセカンド。
メンバーはキーボード本田竹曠、アルト・テナーサックス峰厚介、ギター大出元信、ベース川端民生、ドラム村上寛。
演奏は、ファーストは作曲が本田竹曠だったが、ここでは半分を峰厚介が担当。
今、あらためて聴くと、流行を追わない、地に足のついた大人の演奏であったことを再認識。
音楽業界で、セカンドの難しさは周知の筈。
一般のファーストはノリだけで出す。
リスナーは目新しさだけの、興味本位で聴く。
問題はここから。
ひどいものになるとセカンドが出せずに空中分解となるケースも多数。
セカンドとは、将来の生死を賭けた登竜門といえる。
鮮明な個性の定着化と、明確な方向性を打ち出さなくてならない。
あまり考えると演奏は卑屈になるし、考えなければ散漫になる。
ここで大切なのが音楽を芸術として、表現の一手段とて面々がやっているかだ。
そういった意味ではネイティブ・サンはメンバーの一人一人が真の音楽家で芸術家であった。
セカンドの後もガンガン躍進していった。
(青木高見)



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