青木高見のジャズコレクション Fletcher Henderson (p, conp, cond, arr) フレッチャー・ヘンダーソン


略歴
Fletcher Henderson フレッチャー・ヘンダーソン (Fletcher Henderson 1897年12月18日~1952年12月28日) はアメリカ合衆国ジョージア州カスバート生まれのジャズ・ピアニスト、作曲家、編曲家、バンド・リーダー。
本人を調べてみると、誠に不遇な境遇で、過小評価された事を知る。

【数奇な運命のミュージシャンへの判官びいきで長めのコメント】
スタートはアフリカ系アメリカ人に対する差別のため、化学関係の職に就けず 「ブラック・スワン・レコード」 に就職。
ここから音楽の道が始まるのだが天性の素質と努力で作曲と編曲の分野で才能を発揮しはじめる。
それはビックバンドの基礎を作ったとされる偉業でもあった。
しかし時代は作曲と編曲が、どんなに優れていても大衆にアピールする演奏を重視する時代になっていた。
惜しいかなフレッチャー・ヘンダーソンは、バンドマスターや指揮者の資質に欠けていた為、知名度が低かった。
運よくベニー・グッドマンの編曲に糸口を見つけ陰で支える事になる。
しかし、ここでも人種差別によって、白人のベニー・グッドマンだけが日の目をあびる。
多くの人は、ベニー・グッドマンの功績は、全てベニー・グッドマンによるものだと思っている。
ベニー・グッドマンの演奏が、フレッチャー・ヘンダーソンの巧みな編曲によって完成された事を知る人は少ない。
哀れなフレッチャー・ヘンダーソン。
1950年、脳卒中の後遺症による麻痺のためピアノを断念。
1952年、静かにその生涯を閉じた。
(青木高見)

【INDEX (リーダーアルバム)】
Fletcher Henderson / Tidal Wave (GRD-643)

【以下コンテンツ】


Fletcher Henderson / Tidal Wave (GRD-643) Fletcher Henderson / Tidal Wave (GRD-643)

Recorded : 1931-1934

Personnel :
Fletcher Henderson (p, comp, cond, arr)

Song name :
01. I'm Crazy 'Bout My Baby (And My Baby's Crazy 'Bout Me)
02. Sugar Foot Stomp
03. Just Blues
04. Singin' The Blues (Till My Daddy Comes Home)
05. Low Down The Bayou
06. The House Of David Blues
07. Radio Rhythm
08. You Rascal You
09. Limehouse Blues
10. Shanghai Shuffle
11. Big John's Special
12. Happy As The Day Is Long
13. Tidal Wave
14. Down South Camp Meetin'
15. Wrappin' It Up (The Lindy Glide)
16. Memphis Blues (Take A)
17. Memphis Blues (Take B)
18. Wild Party
19. Rug Cutter's Swing
20. Hotter Than Hell
21. Liza (All The Clouds'll Roll Away)

※ コメントの無断引用・無断転載を禁じます。
メインコメント : フレッチャー・ヘンダーソン (Fletcher Henderson 1897年12月18日~1952年12月28日) はアメリカ合衆国ジョージア州カスバート生まれのジャズ・ピアニスト、作曲家、編曲家、バンド・リーダー。
アルバムはフレッチャー・ヘンダーソン、1931年から1934年の録音。
CDは Melotone、Brunswick, Decca の音源、GRPレーベルからのリリース、輸入盤、ダグ・ラムゼイ(Doug Ramsey)氏による英語ライナーノーツ、21曲入り。
往年のジャズ・ミュージシャンの経歴を調べていると、頻繁にフレッチャー・ヘンダーソン楽団に在籍したという話が出てくる。
学ぶものだけを得たら、さっさとバンドを脱退して独立していく。
何か今の世の中もそうだ。
悲しいのは、そこにアフリカ系アメリカ人に対する差別あった事。
という訳で、どうしても判官びいきしたくなる。
(青木高見)




▲ページの上に戻る▲